『あ・らいぶらりぃ・おぶ・ざ・すたぁ』:29. 解凍
「今のフイルムはどこから?」と僕は聞いた。
「私自身で図書館に潜入したのよ」と晴美がいった。
「そこまでやってるんならもうおれの頭の中にある情報なんて必要ないだろう」と僕はいった。晴美は首を横に振った。
「今こそあなたの持っている情報が必要なの。AIDAに関する情報はあなたがいない間にあらゆる人々によって検索対象となったの。AIDAが市場から無くなってしまったのでみんな血眼になってAIDAのことを知りたがったのね。出雲製作所はそんな市場の状況を見て図書館の中にあったAIDA間連の情報を全て偽装情報で更新してしまったの。私が図書館に潜入した時には更新後の毒にも薬にもならない無駄な情報しかなかったわ」
「じゃあ今の会議風景も出雲製作所の偽の情報なの?」とミューがいった。
「今見せたフィルムがあなたの持っている情報が有効なものかどうかを判断するキーなのよ」
「つまりおれの頭の中にある情報の中にも同じフィルムがあったとしたらおれの仕事も一足遅かったということだな?」晴美はコクリと肯いた。
「あなたのインターフェースはまだ生きているの?」
「左手中指の付け根に小さな穴がある。ここにジャックインして情報を吸収すればいい。でもそのためには君の持っているパスワードを入力しなければならない。おれの方のパスワードはいつでもセットしてある」
頭の中の情報は情報のある場所のアドレスと、その場所にアクセスする権限を示すIDと、その場所にある特定の情報にアクセスするためのパスワードがなければ開くことができない。パスワードは僕と仕事の依頼人だけが知っている。しかも僕は依頼人の知るパスワードを知らず、依頼人も僕の知るパスワードを知ることはできない。だから仕事を依頼した人間にも簡単にはその情報を引き出すことはできない。僕は出雲製作所の情報がある場所にアクセスするための触手を位置づけした。そして自分のパスワードをセットし晴美のパスワードを待った。晴美は僕の左手中指の付け根に自分の左手小指の先を押し付けた。瞬時にそれぞれのIDとパスワードの交換が行われ晴美の脳と僕の脳とが繋がる電子的な音が聞こえた。それから晴美は僕の顔をじっと見てだんだんと自分の顔を寄せていった。そして僕の唇の上に晴美の唇が重なった。
(いつも思うのだけど随分原始的な方法でやるんだな)と僕が心の中でいった。(これが一番話が速いのよ)と晴美が舌先で自分の唇を濡らしながら心音で応えた。当然その舌は僕の唇にも触れて僕の唇も晴美の睡液で湿らされた。
ミューとパースは少し驚いた様子で僕と晴美の接吻を見つめていた。
僕の頭の中では晴美からのパスワードを受け取るとすぐにデータを解凍するプログラムが走りはじめた。大量のデータは脳の中で特別な形式に圧縮されて保管されている。圧縮されたデータはそのままでは見ることができないので解凍する必要がある。僕は晴美と一緒に長い長い映画を見た。僕の頭の中で解凍されたデータが僕と晴美の記憶の中に刻まれて再び圧縮されていった。そんな作業がデータ件数分繰り返された。でもミューとパースから見ればそれは単なる接吻であり、数秒の間の出来事だった。
「なるほど」と僕は最後のデータを覗いたあとでつぶやいた。
「あなたは良い仕事をしてくれたみたいね」
と晴美が左手小指を僕の左手中指の付け根から離しながらいった。



