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Friday, April 18, 2008

OP/骨格模型

ワンルームの小さなオフィス。
珈琲の香りが小さなオフィスの中に漂っている。オフィスの中央の木でできた丸いテーブルの上に三つのマグカップが置かれている。僕のブラック珈琲、サイゾウの砂糖が少しだけ入った珈琲、マイカのミルクがたっぷり入ったカフェ・オレだ。僕たちは自分のマグカップに手を伸ばし、コクリと一口珈琲を飲む。僕はその液体を心からおいしいと思う。サイゾウもマイカも同じことを思っているようだ。僕が今この瞬間に「おいしいなあ」と思った感情を同時に目の前にいる二人の人間が感じていることを僕は感じることができる。一杯の珈琲にはバラバラであるものを一つにまとめる力がある。

僕は中央の丸い机の上に14枚のカードを並べる。
「カード遊びならポーカーの方が好きなんだがな」
とサイゾウがいう。
「同じようなもんだよ。カードを並べて種類毎に組み合わせたり、大小で並べ替えをしたりするだけのこと。はい準備完了。じゃあ自分のカードを取ってくれるかな」
サイゾウとマイカがカードを取り自分の前に並べる。
サイゾウの前に並んだカードは【黄色い絵】と【黄色の鑑賞会】。
マイカの前に並んだカードは【赤い絵】と【赤の鑑賞会】。
僕は【白い絵】と【白の鑑賞会】を自分の前に並べる。
丸いテーブルの真ん中には8枚のカードが残る。
「この3枚は既に完了したタスクだから端っこに寄せておくね」
僕は【はじまりの朝】と【天使と悪魔】と【美しい風景】のカードを丸いテーブルの端に寄せる。
「残りのカードは5枚だな」
サイゾウが残ったカードを見つめる。
「じゃんけんで勝った人から好きなカードを取っていっていいとか?」
「なかなかいい案だね」
僕はいう。三人の目が一瞬キラリと光り、戦士の目になる。
「最初はグー!じゃん・けん・ポン!」
サイゾウはグー、マイカはパー、僕はグー。
「やったね」
マイカが一枚のカードを自分のものにする。次にマイカに負けたサイゾウと僕とでじゃんけんをする。今度はサイゾウが勝つ。サイゾウが一枚のカードを自分のものにする。
「まあこうなることは何となくわかってたんだけど」
僕は負け惜しみをいい、残されたカードの中から一番優先順位の高いものを選ぶ。
マイカが選んだカードは【皮膚化】。
サイゾウが選んだカードは【内臓化】。
僕が選ばされたカードは【骨格模型】だった。
後ろで見ていたケイジが僕の手から【骨格模型】のカードをひょいと抜き取る。
「このカードは僕がもらってもいいかな?」
僕はケイジの顔を見た。
ケイジがニヤリと笑っていった。
「このプロジェクトが完了したら、ここを出て行くんだろう?【骨格模型】を作った人間が出て行ってしまったら、後に残されたものはどうするんだ」
マイカとサイゾウがちょっと驚いた顔で僕を見る。
僕はその視線に苦笑いでこたえる。
「ボース!」
僕はマイカの後ろで自分のノートパソコンに向かって仕事をしている大きな背中に声をかける。
「どうしてしゃべるんですか?」
「おれはそこにいるケイジにしゃべっただけだ」
「ケイジ。なんでみんなに公表するんだよ」
マイカがドンと机を叩く。
「ナオはいつになったら話すつもりだったの?」
「そりゃ、まあ、いつかはと思ってたさ」
マイカが本気で怒っていることに気が付いて僕はちょっとひるむ。マイカが本気で怒ると何が起こるか予測できないからだ。サイゾウは黙って目をつむっている。こういう時には静観しているのがサイゾウのスタイルだ。
「い・つ・かってい・つ・よ」
とマイカがたたみ掛ける様にいう。
「【骨格模型】ができたら話そうと思ってたんだ。これは僕にとってこの場所での最後のプロジェクトだから【骨格模型】はちゃんと自分で設計したいと考えていたんだ」
「じゃあさっきのじゃんけんは何なのよ?あれは茶番?もしも私とサイゾウが負けて、あなたが勝ってたらどうしたの?」
「もちろん【骨格模型】を選ぶさ」
「私たちが【骨格模型】を選ぶ可能性については考えなかったの?」
「考えた。でも【骨格模型】が残る方に僕は賭けたんだ。マイカとサイゾウが【骨格模型】を作るよりも【皮膚化】や【内臓化】の仕事の方が好きだってことも分かっているしね」
ボスがゴホンと乾いた咳をした。
「じゃあそのカードはやっぱりナオに渡してやった方がいいんじゃないか?ケイジ」
ケイジと僕の目が合った。ケイジが【骨格模型】のカードを僕の方に差し出した。僕がケイジの指に挟まれたカードを取ろうとした瞬間、ケイジがカードをさっと自分の方に引き寄せた。
「ナオの言いたいこともわかる。ここでの最後の仕事に対して、責任を持って自分で絵を書いて仕上げたいということも。でも【骨格模型】を作った人間がいなくなってしまうということは、残された人間にとっては大きなリスクの置き土産をもらったような気分になるんだぜ」
僕はマイカとサイゾウの顔を見る。二人とも大きなリスクの置き土産は欲しくないという顔をしている。
「わかったわかった。じゃあこうしよう。【骨格模型】は僕が作ってケイジが検証する。検証する人間はどっちにしても必要だろう。そこでケイジにちゃんと【骨格模型】の内容を理解してもらって、検証してもらうことができれば、問題ないんじゃないか?」
マイカとサイゾウがコクリとうなずく。ケイジが手にもったカードを僕に還してくれる。
僕たちは机の上に残った2枚のカードを見る。
そこには【歩行】と【放流】というカードが残っていた。
「このカードたちについては今持っているカードのタスクが完了した時点で話をしよう」
と僕はいってマグカップに口をつけた。
ついさっきまで「おいしい」と感じた液体が、さっきよりも苦く感じた。

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Sunday, April 06, 2008

OP/舞台装置

夜のBAR『ガラパゴス』は幻の国である。
この場所にやってくると誰もが心の扉にかかったカギをカチャリと開くことができる。それはアルコールの持つ効果のためだけではない。あらゆる場所にはその場所特有の魔力がある。ガラパゴスの持つ魔力は人の心の中にある何かを覚醒させてくれる。僕はカウンターでバーボンを飲んでいる。隣にはケイジがいて、ケイジはジン・トニックを飲んでいる。今夜はマイカとサイゾウは帰ってしまった。マイカはデート、サイゾウはたまには早く寝るといって。ボスはまだ上で仕事をしている。

「マイカのプレゼン用資料はどんな感じだい?」
と僕はケイジにきいた。
「なかなか良い感じで仕上がっているよ」
「ビジュアルな資料になったんだ」
「ビジュアルかどうかということも大切な要素だけど、何のためにビジュアルにするのかってとこが問題の本質だったんだ」
「何のためにビジュアルにするかか」
僕はバーボンの中の氷を見つめながらいう。
僕は自分がプレゼンしている風景を思い浮かべる。そしてまた誰かのプレゼンを見ている自分を思い浮かべる。演劇の世界でいえばプレゼンする側は役者である。プレゼンを見る人は観客だ。役者と観客との関係について考えればこの問題をほどきやすくなる。
「プレゼンの場というのは例えば演劇における舞台と同じだ」
と僕。
「演劇における舞台」
とケイジ。
「プレゼンにおける発表者は舞台においては?」
「役者だね」
「プレゼンにおけるクライアントは?」
「舞台を見ている観客だ」
僕とケイジの頭の中で舞台装置が出来上がる。役者であるマイカがジュリエットの衣装を身にまとい舞台に登場するのが見えるような気がする。
「舞台は視覚に囁きかける。美術さんが作った場面ごとに変化する背景画、舞台の上を横切る張子でできた大きな象、役者が持つきらびやかな装飾をほどこされた剣。そうしたものは観客の目を通して自然に観客の中へ入っていく。観客はビジュアルなものを見て、次にそこから聴こえてくる言葉に気が付く。観客は今度は耳を傾ける。耳から聴こえて来るのは役者の声だ。観客はその声を聴きながら更に舞台を見る」
僕はそこまで話すと煙草に火をつける。正確に3秒煙を吸いこみ、正確に2秒息を止めて煙草の煙が肺の中を走り回るのを確認し、そして正確に12秒かけて煙をはく。煙草を吸うことは正確な呼吸を行うための訓練になる。正確な呼吸が何の役にたつのかは僕にはわからない。ただ正確な呼吸をしている間は静かな時間が生まれる。その間、僕の中で新しい言葉が生まれることはない。この静かな時間の間に、誰かは僕の言葉を頭の中で考えて、自分なりに解釈することができる。ケイジがジン・トニックを一口飲む。そして口を開く。
「見る、聴く、見る、聴く。視覚と聴覚を総動員して舞台から発せられる情報を受け取ろうとするわけだ。舞台装置に込められたメッセージと役者の言葉が一つになって観客の心と頭の中に自然に入っていくってことだね」
「演劇の目的は何だろう?」
僕は問う。
「演劇の目的?実は演劇なんか観たことないからなあ」
「演劇で難しければちょっと違うものだけど、映画でもいい。映画の目的は何だろう?」
「映画にしろ演劇にしろ、作者のメッセージを相手に伝えることが目的だろうな。メッセージというのは単なる作者の意見ではなくて、相手を楽しませたいとか、悲しませたいとか、感動させたいとか、問題意識を植え付けたいとか、いろいろあるんだろうけれどね」
「そうメッセージを伝えるためにはそのためのインターフェースが必要となる。インターフェースは多ければ多いほうが良い。五感。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の全てに囁きかけることができれば、観客は自分にとって一番鋭い感覚を通してそのメッセージを受け取ることができる。視覚が鋭い人は目から、聴覚の鋭い人は目から、触覚の鋭い人は皮膚から、味覚の鋭い人は舌から、嗅覚の鋭い人は鼻から、それぞれのインタフェースを通してメッセージを受け取る。舞台において一番有効なインターフェースは視覚と聴覚だ。劇場の中で触覚や味覚や嗅覚を刺激することは難しい。だから舞台装置を作る者はビジュアルな表現に工夫を凝らすわけだし、役者は話す言葉に命を吹き込むだけだ。」
「会議室においても同じだということだね。会議室においても有効なインターフェースは視覚と聴覚。視覚的なものとしてはビジュアルな表現を駆使したプレゼン資料が有効なものとなるし、発言者が語るときの表情が大切なものになる。聴覚的なものとしては発言者の声が大切なものになるということか」
僕はケイジと顔をあわせる。静かな時間が訪れる。二人のグラスが空になっていることに気が付いて、バーテンダーのタカハシくんが、
「何か新しいものをお作りしましょうか?」
と声をかけてくる。
「それだよ」
とケイジがいう。
「今のままでは駄目なんだ。何か新しいものを作らなくちゃ」
「まあそれは明日の楽しみにとっておいてさ」
僕はタカハシくんに向かっていった。
「バーボンとジン・トニックをもう一杯」

夜のBAR『ガラパゴス』は幻の国である。
夜のBAR『ガラパゴス』の夜の時間は瞬く間に過ぎていく。
それはまるで子どもの頃に過ごした夏休みの時間のようだ。子どもは夏休みの宿題が残っていることにどこかで脅えながら、夏休みの時間を過ごしていく。僕たちは朝が来ることにどこかで脅えながら、夜の時間を過ごす。夏休みの宿題が残っていることも、朝が来てしまうこともたいした問題ではない。
今、この瞬間を楽しむことが大切なことなのだと思う。

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