OP/骨格模型
ワンルームの小さなオフィス。
珈琲の香りが小さなオフィスの中に漂っている。オフィスの中央の木でできた丸いテーブルの上に三つのマグカップが置かれている。僕のブラック珈琲、サイゾウの砂糖が少しだけ入った珈琲、マイカのミルクがたっぷり入ったカフェ・オレだ。僕たちは自分のマグカップに手を伸ばし、コクリと一口珈琲を飲む。僕はその液体を心からおいしいと思う。サイゾウもマイカも同じことを思っているようだ。僕が今この瞬間に「おいしいなあ」と思った感情を同時に目の前にいる二人の人間が感じていることを僕は感じることができる。一杯の珈琲にはバラバラであるものを一つにまとめる力がある。
僕は中央の丸い机の上に14枚のカードを並べる。
「カード遊びならポーカーの方が好きなんだがな」
とサイゾウがいう。
「同じようなもんだよ。カードを並べて種類毎に組み合わせたり、大小で並べ替えをしたりするだけのこと。はい準備完了。じゃあ自分のカードを取ってくれるかな」
サイゾウとマイカがカードを取り自分の前に並べる。
サイゾウの前に並んだカードは【黄色い絵】と【黄色の鑑賞会】。
マイカの前に並んだカードは【赤い絵】と【赤の鑑賞会】。
僕は【白い絵】と【白の鑑賞会】を自分の前に並べる。
丸いテーブルの真ん中には8枚のカードが残る。
「この3枚は既に完了したタスクだから端っこに寄せておくね」
僕は【はじまりの朝】と【天使と悪魔】と【美しい風景】のカードを丸いテーブルの端に寄せる。
「残りのカードは5枚だな」
サイゾウが残ったカードを見つめる。
「じゃんけんで勝った人から好きなカードを取っていっていいとか?」
「なかなかいい案だね」
僕はいう。三人の目が一瞬キラリと光り、戦士の目になる。
「最初はグー!じゃん・けん・ポン!」
サイゾウはグー、マイカはパー、僕はグー。
「やったね」
マイカが一枚のカードを自分のものにする。次にマイカに負けたサイゾウと僕とでじゃんけんをする。今度はサイゾウが勝つ。サイゾウが一枚のカードを自分のものにする。
「まあこうなることは何となくわかってたんだけど」
僕は負け惜しみをいい、残されたカードの中から一番優先順位の高いものを選ぶ。
マイカが選んだカードは【皮膚化】。
サイゾウが選んだカードは【内臓化】。
僕が選ばされたカードは【骨格模型】だった。
後ろで見ていたケイジが僕の手から【骨格模型】のカードをひょいと抜き取る。
「このカードは僕がもらってもいいかな?」
僕はケイジの顔を見た。
ケイジがニヤリと笑っていった。
「このプロジェクトが完了したら、ここを出て行くんだろう?【骨格模型】を作った人間が出て行ってしまったら、後に残されたものはどうするんだ」
マイカとサイゾウがちょっと驚いた顔で僕を見る。
僕はその視線に苦笑いでこたえる。
「ボース!」
僕はマイカの後ろで自分のノートパソコンに向かって仕事をしている大きな背中に声をかける。
「どうしてしゃべるんですか?」
「おれはそこにいるケイジにしゃべっただけだ」
「ケイジ。なんでみんなに公表するんだよ」
マイカがドンと机を叩く。
「ナオはいつになったら話すつもりだったの?」
「そりゃ、まあ、いつかはと思ってたさ」
マイカが本気で怒っていることに気が付いて僕はちょっとひるむ。マイカが本気で怒ると何が起こるか予測できないからだ。サイゾウは黙って目をつむっている。こういう時には静観しているのがサイゾウのスタイルだ。
「い・つ・かってい・つ・よ」
とマイカがたたみ掛ける様にいう。
「【骨格模型】ができたら話そうと思ってたんだ。これは僕にとってこの場所での最後のプロジェクトだから【骨格模型】はちゃんと自分で設計したいと考えていたんだ」
「じゃあさっきのじゃんけんは何なのよ?あれは茶番?もしも私とサイゾウが負けて、あなたが勝ってたらどうしたの?」
「もちろん【骨格模型】を選ぶさ」
「私たちが【骨格模型】を選ぶ可能性については考えなかったの?」
「考えた。でも【骨格模型】が残る方に僕は賭けたんだ。マイカとサイゾウが【骨格模型】を作るよりも【皮膚化】や【内臓化】の仕事の方が好きだってことも分かっているしね」
ボスがゴホンと乾いた咳をした。
「じゃあそのカードはやっぱりナオに渡してやった方がいいんじゃないか?ケイジ」
ケイジと僕の目が合った。ケイジが【骨格模型】のカードを僕の方に差し出した。僕がケイジの指に挟まれたカードを取ろうとした瞬間、ケイジがカードをさっと自分の方に引き寄せた。
「ナオの言いたいこともわかる。ここでの最後の仕事に対して、責任を持って自分で絵を書いて仕上げたいということも。でも【骨格模型】を作った人間がいなくなってしまうということは、残された人間にとっては大きなリスクの置き土産をもらったような気分になるんだぜ」
僕はマイカとサイゾウの顔を見る。二人とも大きなリスクの置き土産は欲しくないという顔をしている。
「わかったわかった。じゃあこうしよう。【骨格模型】は僕が作ってケイジが検証する。検証する人間はどっちにしても必要だろう。そこでケイジにちゃんと【骨格模型】の内容を理解してもらって、検証してもらうことができれば、問題ないんじゃないか?」
マイカとサイゾウがコクリとうなずく。ケイジが手にもったカードを僕に還してくれる。
僕たちは机の上に残った2枚のカードを見る。
そこには【歩行】と【放流】というカードが残っていた。
「このカードたちについては今持っているカードのタスクが完了した時点で話をしよう」
と僕はいってマグカップに口をつけた。
ついさっきまで「おいしい」と感じた液体が、さっきよりも苦く感じた。