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Saturday, March 29, 2008

OP/宇宙人の言葉

BAR『ガラパゴス』。
ここはOPオフィスがある場所の地下にある。
BARという場所は酒を飲む場所だ。たいていの人は夜に酒を飲む。夜のBARは時にはそんな酒を飲むひとびとで賑わい、時にはマスターの吸う煙草の煙だけが誰かがいることのシルシであることもある。
昼間のBARはまた別の顔を持っている。昼間のBARは夜のBARとは異なり、魔法のとけたお菓子の家のように誰からも気付かれることなくひっそりと存在している。
そんな昼間のBARに僕たちはしばしばやって来る。もちろん酒を飲みに来るわけではない。昼間のこの場所は僕たちにとっては大切な場所なのだ。

マイカとケイジがBARの真ん中に置かれた小さな丸いテーブルについている。
テーブルの上にはノートパソコンとプロジェクターが並んでいる。ノートパソコンの映像がプロジェクターを通じてBARの白い壁に投影されている。それはマイカが作ったクライアントへのプレゼンテーション用資料だった。ケイジはパソコンを操作してその資料を黙って一通り見る。そして口を開く。

「問題は相手にマイカの意図が伝わっていないということだったね」
マイカがコクリとうなずく。
「この資料によってマイカが相手に伝えたい意図とは何だろう?」
「AS-ISとTO-BEよ」
マイカが即座に応える。AS-ISは【現状】であり、TO-BEは【未来】だ。これは問題解決を行うための一つの手法である。現状の姿と未来の姿を並べることによって、その間にある差異を認識することができる。差異を認識することができれば、その差異を縮めるための方法を考えることができる。
問題解決をする場合、すぐに思いつく手っ取り早い解決策を実行し、それで満足してしまう場合がある。けれどもそのように場当たり的に実行された解決策は、根本的な問題を解決するものではなかったり、潜在的な問題を見落としていたり、新たな問題を生んでしまったりすることがある。

AS-IS【現状】とTO-BE【未来】を認識することによって、現状の問題の全ての要素を把握し、将来どうなれば良いのかという具体的なイメージを持つことができる。そして大切なことはそのイメージを全ての関係者が共有することだ。一部の人間だけではなく全ての関係者が問題認識することによって、より多くの解決策を抽出することができる。単に数が多ければいいというものではないのだが、より多くの解決策が抽出されるということは、より多面的な解決策が生まれるということだ。誰かにとっては当たり前な考え方であっても、別の誰かにとってはとても新鮮なものであることもある。そうした別の視点から語られたものが、誰かにとってはとても大切な情報になる。

「AS-ISについてはみんな理解しているんだろうか?」
「大丈夫だと思う。全社員へのアンケートの集計結果資料を元にプロジェクトメンバー全員でブレストして出し合った意見をマッピングしたものだから」
「じゃあTO-BEが伝わらないってことだ」
ケイジはTO-BE【未来】の図を表示させる。
「AS-ISからわかることは現状に満足できない点があるということだよね。でもなぜ満足できないのかという個々の要素についてはそれぞれ違う意見を持っている。だからTO-BEで描かれたあるべき姿が本当に自分にとってのあるべき姿なのかどうかがピンとい来ないんじゃないかな」
「TO-BEにいたるまでのBECAUSEが必要ってことね」
「そうそうBECAUSE。なぜなら、その理由・・・・・・」
そこまで話してケイジは口をつぐみ眉間に皺を寄せる。
「ちょっと待てよ。話題を変えるけどいいかな?」
マイカがコクリとうなずく。
「おれたちの国ってどこだっけ?」
「にっぽんよ」
「じゃあ何でAS-ISとかTO-BEとかBECAUSEとか言ってんだろう?」
「慣れなんじゃないかなあ。いつも使っているから。横文字って何となくクールな感じがするしね」
「クール。それもなんだかなあ」
ケイジは頭をかく。
「カルチャーの問題もあるのかもしれない」
「カルチャー」
「そう、おれたちにとってはAS-ISとかTO-BEとかCOOLって言葉は空気のように当たり前の言葉なんだけど、他の誰かにとっては宇宙人の言葉のように感じるかもしれない」
「ケイジ・・・・・・あなた宇宙人と話したことあるの?」
「残念ながらまだ宇宙人と話したことはないな」
マイカとケイジの目が合う。その瞬間、笑いがやってくる。
笑いは突発性のものであり、それをとめることは誰にもできない。
「とりあえず資料から横文字を排除して整理し直したらいいんじゃないかな」
「りょーかい。ケイジのいった『カルチャーの問題』って言葉も問題よ」
「たしかに」
ケイジは困ったような顔をして笑った。

ガラパゴスの扉が開き、ガラパゴスのマスターが顔を出す。
「おう、お仕事ごくろうさん」
「いつものように使わせてもらってます」
「いいよー。どうせ昼間は誰もいない場所なんだから。誰かがいるだけで場の空気が活気づく。活気があるってことはいいことだ。死んだものも生き返る」
マスターはカウンターの奥に入り、仕込み作業を始める。
ガラパゴスの片隅で夜の準備がはじまる。

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Friday, March 21, 2008

OP/人間的な時間

「じゃあ、はじめようか」とボスがいった。
それはミーティングのおわりの合図である。ミーティングの時間は終わり、仕事の時間がはじまる合図だ。
僕たちは昨日仕事を終えてから今までの間に届いたメールに目を通す。それらはほとんどクライアントからのメールだ。仕事用のメールアドレスは友達には教えていないので、このメールアドレスに友達からのメールが届くことはない。メールを読みながらそれぞれのメールの内容によって重要度を付けていく。重要度の区分は大、中、小であり、重要度の基準は工数とスケジュールに対する影響度である。大は今後の工数とスケジュールに重大なインパクトを与えるもの。小は影響度の低いものだ。
メールの内容によって、すぐに返事ができるものもあれば、何らかの調査を実施したあとでなければ返事ができないものもある。

僕たちはどのようなメールであっても、午前中は返事を出さないことにしている。理由は簡単である。それほど緊急性の高い用件であるのなら、メールではなく直接電話がかかってくる。メールをくれる人の頭の中には、メールを出した相手がメールを読んで返信するまでの間に時差があるということが、前提条件としてちゃんとセットされている。もちろんメールを出した側としては、返信は早くもらった方が良いと思っているのだが、たとえ返事がくるのが少々遅くなっても大きな問題にはならないと思っている。大きな問題になりそうなほどメールの返事が来るのが遅い場合には、直接電話をかければいいのだ。メールを出す人には、そのメールを読む人の姿は見えない。メールを出した人に出来ることは、返事が返ってくるのを待てる範囲内で待つことだけである。相手の出方を待つことも仕事のうちである。

これはボスが教えてくれたことだ。
「メールの返事は昼メシを食べた後に出せ。午前中は情報整理に集中しろ。メールを待っている相手も同じ時間軸で生きているんだ。相手も朝は情報整理に追われている。そんな時にこちらから良かれと思って新しい情報を増やしたら、相手の心の負担が重くなるだろう?心の負担が重くなると情報整理の質が落ちる。情報整理の質が落ちると、その日一日の相手の判断が狂う確率が高くなる。こちらも相手も同じ人間なんだ。メールはコンピュータを使って作成し、ネットワークを経由して相手に届く。だが、だからといって人間的な時間を無視しちゃ駄目だ」

いつかの朝のミーティングでボスがいっていた言葉を、僕は思い出した。
その時、「人間的な時間を無視しちゃ駄目だ」という言葉を聞いて、僕は、なかなかいいこというじゃないかと思った。コンピュータを使って仕事をしていると、いつの間にか人間的な時間を忘れて、コンピュータ的な時間で仕事をしてしまう。コンピュータは二十四時間仕事をしてもぜんぜん疲れない。無限にループするプログラムを作って走らせれば、誰かがコンセントを抜くか、計算結果を格納するエリアが一杯にならない限り永遠に計算をし続ける。でも僕たちは人間だ。人間はそんな風に仕事をすると、どこかがおかしくなってしまう。それは身体的なものであるかもしれないし、精神的なものであるかもしれない。

予定されたスケジュール通りに仕事を進めることができないために、何とか予定に間に合わせようとして睡眠時間を削ってまで仕事をしている状況になってしまうこともある。けれどもそれは本来やってはならないことだ。何らかの原因でスケジュールが遅れるという問題が発生している場合の解決方法として、遅れているスケジュールを守るために、誰かが人間的な時間を削って犠牲となることはけっして良い方法ではない。むしろ誰かが人間的な時間を削って犠牲となった結果、より多くの問題が発生することになることもあるだろうし、最終的に犠牲となった人間が壊れてしまうこともある。それはプロジェクトのあるべき姿からかけはなれたものだ。プロジェクトをそんな風に失敗に導くのはプロジェクトの推進役であるPM(プロジェクト・マネージャー)のプロジェクト・マネジメントのやり方が間違っていることを意味している。けれども往々にしてPMが間違った方法を取ってしまう場合がある。理由は人間的な時間について理解していないことにある。PMも人間である。けれどもPM自身が自分が人間であることを忘れて、稼働率と利益率しか頭の中にない機械になってしまったら、その下で仕事をするメンバーにそれぞれの人間的な時間があることに気が付かなくなってしまう。人間的な時間を忘れたPMは、PM(プロジェクト・マネージャー)ではなく、単なるPM(プロジェクト・マシン)なのである。そうして失うものはとても大きい。

僕はパソコンの中のWBS(スケジュール表)を見た。
今のところみんな週に一度は飲みにいっている。週に一度?いやいや二日に一度は飲みにいっている。これは僕にとってプロジェクトが正しい形で進んでいるかどうかのひとつの判断基準だ。メンバーが仲良く飲みに行くことができないようなプロジェクトは何かが間違っている。それはコミュニケーションの問題であるかもしれないし、最初に立てたプランがそもそも間違っているのかもしれない。
幸い僕たちは日々愉しく仕事をしている。
とりあえず<三匹のカエル作戦>は順調に進んでいるということである。

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Friday, March 14, 2008

OP/夢で見た風景

いつでも夢を見る。僕は朝起きた瞬間に、その夢をノートに記録することにしている。起きたばかりなので、頭の中はまだ半分夢の中にいる。そのまま寝てしまうことも多い。でもそのまま寝てしまうと夢の記憶はたいてい失われている。だからできるかぎり、朝最初に起きた瞬間に無理やり机に座り、半分しか開かない瞼の重みと戦いながら、お気に入りのペンで白いノートに夢の記録をつけることにしている。
それが何の役にたつのか?と問われると、僕にもうまく説明することはできない。ただ夢の中の風景というのは日常的に良く見る風景であることもあれば、未知の風景であることもある。そうした夢で見た風景を手繰り寄せ自分の言葉でノートに記録していくことによって、ある種の表現力を養うことができるのではないかと思っている。絵が描ける人はきっと夢で見た風景を描きたいと思うのだろう。僕は夢で見た風景を言葉で表したいと思う。

たとえば今朝見た夢は、こんな夢だ。
僕は仕事で中国に来ている。いつも持っているノートパソコンが入った大きな黒いビジネス・バッグを肩にかけて、僕は中国の小さな村の路地裏をテクテク歩いている。僕は頭の中でおなかがすいたなあと考えている。するとそこに小さな男の子が現れて、僕に向かってオイデオイデをする。僕は男の子の後についていく。男の子はいくつかの角を曲がり、路地を抜ける、そして一軒の小さな料理屋に入っていく。僕も男の子の後について店の中に入る。店の主人であるらしい女性が僕の顔を見てニコリと微笑む。男の子の頭をよしよしとなでている。僕は彼女の笑顔がとても素敵な笑顔だなあと思う。僕がテーブルに座ると、何も言わないのにその女性が料理を運んできてくれる。牛肉とピーマンの炒め物、白身魚のフライ、卵のスープ、白いごはん。僕はその料理を一口食べる。とてもおいしいと思う。僕はおいしいというかわりに女性と同じように微笑んでみる。女性は僕のうれしそうな顔を見て、またニコリと微笑む。女性は一冊の本をどこからか持ってくる。それは小さな男の子が書いた詩集である。女性はその詩を朗読する。僕はおいしい料理を食べながら、詩の中のコトバがひつひとつとても無垢であることに気が付く。僕はいつの日かそのコトバを紡ぎだしている身体が日常という良いもの、悪いもの、綺麗なもの、汚いものが雑多に交じり合った世界で暮らすうちに、無垢なコトバ以外のものを作り出すようになっていくのだろうなと思う。僕はそんなことを考えながらおいしい料理をモグモグ食べる。僕はおいしいという気持ちを表すために、また微笑もうとする。けれども目からは自然に涙があふれてくる。女性が僕のテーブルのそばまでやってきて、僕の頭をよしよしとなでてくれる。
僕は涙が止まらなくなってとても困った気持ちになってしまう。
今朝見た夢は、こんな夢だった。

僕は今朝見た夢のことを考えながらオフィスに向かった。この夢は何を意味しているのだろうか?その意味しているものを知りたいという気持ちが半分、知りたくないという気持ちが半分ある。昨日の午後休暇を取ったおかげで身体がちょっと軽くなっている。ミワコさんの施術のおかげだ。身体の中の異形のモノたちがすっかりおとなしくなっているのがわかる。武装解除だ。そう、僕の身体の上で戦争を行う理由なんて何一つない。しばらくは平和な日々を送るといいのだ。

ワンルームのオフィスに入ると、すでにみんなが集まっていた。
そういえば今日は水曜日だった。水曜日の朝はミーティングの時間なのだ。小さなオフィスなのでいつでも誰かと誰かがミーティングをしているようなものなのだが、ボスはこの水曜日の朝のミーティングになぜだかこだわっている。
「おう、やっと来たな。もう身体は大丈夫か?」
とボスが僕の顔を見ていう。
「おかげさまで。昨日はありがとう」
「じゃあ、さっそくはじめよう。今あるイシューについて整理しときたいんだが、マイカの話から聞いたらいいのかな」
マイカがコクリとうなずく。
「一番の問題は今の時期になってもクライアントの中での意見がまとまっていないこと。そもそも誰も意見を持っていないこと。またこちらから提案として意見を提示しても、その意見について考える判断基準を持った人が誰もいないから、提案自体が宙に浮いて時間ばかりを浪費してしまうこと」
マイカが話しながら壁にかかったホワイトボードに登場人物を列記していく。マイカが担当しているファンクションの仕様を決めることができる人々だ。
ケイジがホワイトボードに描かれた人々の絵を見て笑う。
「マイカは本当に絵が上手だね」
「でしょう。本当は画家になりたかったのよ」
「画家というよりは漫画家の方が向いてるんじゃないかな、そのタッチは」
とサイゾウがいう。
「今日は絵のタッチについて話をしたいわけじゃないの」
マイカが眉間に皺をよせて二人の男に注意する。
「メンバー構成はAさんとBさんとCさんとDさん。Aさんがリーダーで他の三人は各業務の担当者ってとこか。誰も建設的な意見を出さないってことは、それぞれの本来の仕事が忙しすぎて新しいビジネスプロセスなんて考えてる余裕はないってとこだな」
ボスはそういうと、僕の方を見た。僕は肩をすくめる。ボスの言うとおりだということだ。
「マイカのところの問題はだいたいわかった。まあリーダーに働きかけるしかないな」
「ずっと働きかけてますよーだ」
マイカがプクリとほほを膨らませる。
「でも何か今ひとつピントがずれてるのよね。私の言葉が言葉として正しく相手に伝わっていないような気がするの。Do You Understand?っていつでも確認したくなっちゃう」
「言葉だけでは話の本質的な部分を伝えるのは難しいのかもしれない」
僕はいった。
「だから漫画を描いて説明したらいいんだよ」
ケイジとサイゾウが同時にいった。そして顔を見合わせて笑った。
「漫画はともかく、ビジュアルな資料を作ってもう一回最初からプレゼンをし直したらいいんじゃないかな?言葉だけじゃなくってさ」
「わかったわ。ビューティフルな資料を作ればいいんでしょ。ケイジも手伝ってね」
「なんでオレが?」
「だってケイジは今、一番暇そうなんだもん。ナオもサイゾウも<三匹のカエル作戦>でヘトヘトなのよ」
「了解。とりあえずインクとペンとベタ塗り用のスクリーン・トーンでも買ってこようか?」
「だから漫画を描くんじゃないんだってば」
マイカがまたプクリとほほをふくらませた。

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Friday, March 07, 2008

OP/白いミワコさん

僕とボスはイブラハムじいさんの店を出た。
「シーフード・スパゲティでもちゃんと全部食べてたね」
僕はいった。
「出されたものは全て食べる、というのが我が家の家訓なんだ」
「なるほど。それで僕が半分残したイカとトマトのスパゲティもちゃんと残さず食べてくれたんだ」
「当たり前だ。何で最後まで食べられないのに大盛りで注文した?」
「最初は食べられると思っていたんだけど、食べているうちにおなかがいっぱいになってしまって」
「思考と行動とのズレだな。どこか悪いんじゃないか?」
「やっぱりそう思う?これからちょっと身体を見せに行きたいと思っているんだけどいいかな?」
「いいも悪いも健康第一だろう」
「それもボスの家の家訓?」
「いいやこれは常識ってものだ」
ボスはいって、
「みんなにはお前は体調不良で先に帰ったって伝えとく」
「青い顔してたって伝えといて」
「それはもともとだろ?」

僕は店のガラスに映る自分の顔を見た。
確かに青い顔をしている。でもこの顔はいつもの僕の顔だ。あまり健康そうには見えない。実際、それほど健康に気を使う方ではない。酒はたくさん飲むし煙草もたくさん吸う。夜は夢ばかり見てよく眠れない。運動は見るのもするのも大嫌いだ。健康というコトバは僕の頭の中では辺境の小さな島の井戸の奥底にひっそりと沈みこんでいる。けれど僕にも身体の声に耳を澄ますことはできる。僕はボスと別れ、ある場所へと足を向けた。そこは身体を見せに行く場所だ。ボスはその場所を病院か何かだと思ったのだろうか?でもその場所は病院ではない。

小さな扉を開けると、アロマの香りが僕の鼻の中に入ってきた。ミワコさんが受付の白い小さなカウンターでペコリとおじぎをした。ミワコさんは身体を見ることができる特別な技術を持った女性である。
「あらら。もうそんな時間だったかしら?」
「今日は特別。身体の疲れが限界を超えたので休暇を取ったんだ」
「いいわねー。自由業の人は」
といってミワコさんは笑った。
「ぜんぜん自由じゃないよ。いつでもクライアントの意見に振り回されて、人形使いに操られているマリオネットの気分になる」
「マリオネットの割には人の意見にはあまり耳を貸さないわね」
「そんな風に見える?」
「そんな風に感じる」
ミワコさんは白いカウンターの端にちょこんと乗っている白いコンピュータに向かって僕の名前をささやいた。白いコンピュータは生き物のようにミワコさんの言葉に応えた。そして僕についての情報をミワコさんに伝えた。
「三ヶ月ぶりね。月に一回は来たほうがいいってアドバイスしたのに」
「どこかの飲み屋のお姉さんと同じことを言う」
「人の話を聴く気がないのなら帰ってもらってもいいのよ」
僕は首を左右に振る。
「身体がさ。ちょっと休みたいって弱音を吐いているんだ」
「じゃあ奥の部屋へ入って。服を脱いでベッドにうつぶせになったら声をかけてね」
僕は言われた通りに奥の部屋へ入る。そこには白いベッドが置かれている。僕は服を脱いで白いベッドの上にうつぶせになる。
ミワコさんが「失礼します」といって入ってくる。僕の背中に大きな白いバスタオルを被せて背中全体を両方の手のひらでゆっくりとさすっていく。身体の中に溜まっているいろんなものがユルユルとほどけていくのがわかる。
「本当ね」
とミワコさんはいう。
「身体が弱音を吐いている」
「わかる?」
「もちろん。それでね、身体の上をたくさんの異形のものたちが這い回っているの」
「そんなにたくさんいるんだ」
「たくさんいるわよ。彼らは私の手のひらに向かって攻撃してくるの。来るなら来い、この身体は我々のものだ。お前の力なんかに我々は屈しないぞって言いながら、無数の小さな棘を出して私の手のひらに突きたてて来るの」
「痛い?」
「ぜんぜん。ゾウリムシの繊毛みたいなものだもの。彼らの棘は私の手のひらに触れた瞬間に溶けてなくなるの。そうしてだんだん棘がなくなっていくうちに彼らは自分の存在理由がわからなくなってくるの」
「武器を持っていることが彼らの存在理由なんだ」
「ううん。そうではなくて、武器を持って戦うことが彼らの存在理由なの」
「何のために戦っているだろう?」
「そりゃあ新しい土地を征服するためよ。戦うことの理由はそれしかないわ」
「僕の身体は新大陸なんだ」
「まあそうゆうことね。だから月に一回はここに来て武装解除させなくちゃならないの」

僕は知らないうちに眠ってしまっていた。
ミワコさんは僕の身体の上で自分たちの街を作ろうとしていたものたちの力を無力化していった。そのものたちは誰の身体の中にもいるのだという。ただ彼らの存在に気が付く人と、まったく気が付かない人がいるらしい。彼らの存在に気が付いた人は何とかしようとする。でも気が付かない人はそのまま自分の身体を彼らの思うままにさせてしまう。最初はどうってことはないのだけど、だんだん自分の身体が自分の身体ではないような気分になってくる。それは当たり前の話で、そんな風に感じだしたときには自分の身体は自分の身体ではなく、彼らのものになってしまっているのだという。異形のものたちの王国ができるのだと。

目が覚めると、僕は眠りに落ちたときと同じように、ベッドの上でうつぶせになっていた。眠る前には自分の身体が自分の身体ではないような気分だったのだけど、今はそこに僕自身がいることをちゃんと感じることができた。
僕はベッドから起き上がり服を着て部屋を出た。
白いカウンターでミワコさんがニコリと笑った。
「月に一度は武装解除させなさい」
とミワコさんはいった。

この場所はあらゆるものが白で統一されている。
ミワコさんは目が見えない。
けれども僕には見えないものを、たくさん見ることができる。

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