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Wednesday, February 27, 2008

OP/イブラハムじいさん

2603会議室を出たのは昼過ぎだった。
何だか一年以上も狭い会議室の中で缶詰にされていた気分だった。もしも僕が誰かの小説の主人公か何かで、こんな風に会議室に放り込まれて一年以上も放置されていたとしたら、僕はぜったいその作者を許さないだろう。

「あー、おなかすいたな」
とマイカが僕の顔を見ながら言う。
「おれもだ。イシュー・リストを見てたら胃がキリキリ言い出してどうしようかと思ったぜ」
「サイゾウらしくないねえ。そんな小さな男じゃないだろう、お前さんは。オレなんか見てみろよ。今の数時間だけで眉毛に一円ハゲができたよ」
僕は自分の眉毛の端っこにできた丸い隙間を指差した。
二人の視線が僕が指差した左側の眉毛に注がれる。
「ホントだ。朝までなかったのに・・・」
マイカがいった。
「なんだかミステリー・サークルみたいだな」
サイゾウが笑いそうになる口元を一生懸命に引き締めて真顔を作りながらいった。
「そうゆうことなので、ちょっとひとりで心を休めてくるから」
と僕は二人に手を振って、ひとり、熱帯楽園ビルを出た。

『イブラハムじいさんのパスタの店』。
その店はひとりのじいさんがやっている。ボスのお気に入りの店の一つである。僕が店の扉を開けるとイブラハムじいさんが「いらっしゃいませ」とあいさつをして迎えてくれた。イブラハムじいさんはどこからみてもジャパニーズだが大昔に観た映画に影響を受けてイスラム教徒となり自分のことをイブラハムと呼ばせるようになったのだ。なかなかおもしろいじいさんである。

狭い店の奥の席にボスが座ってスポーツ新聞を読んでいるのが見えた。
「遅かったな。イシューが大盛りって感じかな」
「オーケイ。シーフード・スパの大盛りだね」
とイブラハムじいさんがボスに声をかける。
ボスの視線がゆっくりと僕からイブラハムじいさんに向けられる。
「大盛りでけっこう。だけどシーフードじゃなくてペペロンチーノの大盛りで」
「オーケイ。お前さんは何にするね」
「じゃあ僕はイカとトマトのスパゲティの大盛りで」
「オーケイ。シーフードにイカとトマトだね」
「だからシーフードじゃなくてペペロンチーノだってば」
ボスが厨房に入っていくイブラハムじいさんの背中に声をかける。
「じいさん、来るたびに耳が遠くなっていってるんじゃないか」
「しぃ。聞こえるよ」
「大丈夫。ほらフライパンに油を引いてにんにくを炒めている音が聞こえるだろう。もうじいさんは目の前にある料理に集中している。じいさんの耳は遠いがじいさんの集中力は川べりで獲物を狙っているワニ並みだ」
僕はボスの言葉は無視することにして本題に入ることにした。
「ところで何の話だっけ?」
「そうだ。話があるんだった。何だか一年ぶりに話をしているような気分だな。ここで一年くらいずっとスポーツ新聞を読んでいたような気がするんだが」
「スポーツ新聞ってそんなに読むところあったっけ?」
「スポーツ嫌いのお前には理解できないだろうけどな、この中には血と汗と涙がいっぱいつまっているんだ」
僕は再びボスの言葉は無視することにして、今度こそちゃんと本題に入ることにした。
「ボスが話がしたいというから僕はここにいるんだけど」
「そうだ。お前に話がある。まずはじめにオレが言いたいことはこういうことだ。お前なんかどこにでも行ってしまえ。これまでかわいい部下だと思って目をかけてやってきたつもりだったが、大きな間違いだった。放浪癖、ハハ。大いにけっこう。インドでもスペインでもアフリカでもどこへでも行くといい」
ボスはそこまで一気にまくしたてると、机の上にあったグラスの水をグイと飲み干した。自分のグラスはとっくに空になっていたので、それは僕のグラスだった。
「ありがとうございます」
と僕はいった。
「じゃ、とりあえずランチにしますか」
イブラハムじいさんが出来上がった料理を運んできた。
僕の前にはイカとトマトのスパゲティ。
そしてボスの前にはシーフード・スパゲティが置かれた。
もちろんどちらも大盛りだった。

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