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Saturday, February 10, 2007

OP/イシュー

熱帯楽園ビル。
僕とサイゾウとマイカが上昇するエレベータの中で何も言わずに立っている。エレベータの中には僕たちの他にも人が乗っている。僕たちと同じようにクライアントのオフィスに向かう人。そしてクライアント自身だ。そうした場所はいわば公共の場所であり、仲間内といってもこの狭い空間の中で会話を交わすことは、他の人々にとっては電車の中で携帯電話で話をする人と同じくらいに迷惑なことだ。と考えているところで僕の携帯電話がブルルと震えた。僕は電話のディスプレイに映っている相手の名前を見た。ボスだった。ボスならしばらく待たせておいても問題はない。エレベータが26階につき、僕たちはエレベータを出た。青空が見える窓の側で僕は電話を繋いだ。
「遅い!」
というボスの第一声が聞こえた。
「気がつかなかったので」
僕は適当なことをいった。
「今日はクライアントとの打ちあわせだったな」
「そう。イシュー・ミーティング」
「イシューか。それが終わったら時間あるか?」
「時間は誰にでも公平にある」
「じゃあいっしょに昼飯を食べよう。話したいことがある。」
「サイゾウとマイカは?」
「できれば個人的に話しがしたい」
「了解」
僕は電話を切って2603と書かれた部屋に入った。
サイゾウとマイカはもう席についている。
パソコンの中の資料がプロジェクターを通してスクリーンに映し出されている。
真ん中に「イシュー」と書かれた丸い図形があり、その周囲にいくつかの四角い箱が展開している。四角い箱の中にはそれぞれのイシューの内容が書かれている。イシューとはISSUEのことだ。問題点、論点、争点、課題、議題などの意味があるが、この世界での使い方は「解決すべき課題」である。「課題」の中にも今すぐ解決すべきもの、時間をおいて解決すべきもの、解決する必要のないものがある。それらの全ての課題を抽出し、その中から「解決すべき課題」をイシューとしてさらに選別し、プロジェクト・メンバーの中で共有して検討する。プロジェクトでは必ずイシューが発生する。イシューが発生しないプロジェクトは「問題がない安定したプロジェクト」であることを意味しているのではない。イシューが見えないほど、誰も何もわかっていないことを意味している。それはとても危険なことだ。
ディスプレイに映し出されたイシューを見て、サイゾウがいう。
「毎週毎週ほんとうに問題が出てくるものだな」
「ちゃんとコントロールされている証拠だよ」
「あっ、あれ私の担当部分だわ。気がつかなかったなあ」
とマイカが眉間に皺を寄せた。

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Friday, February 02, 2007

OP/雫

 ある日、僕は彼に電話をかけた。
トルル・トルル・トルルときっちり3回の呼び出し音の後、
彼の声が聞こえた。
「もしもし」
「誰でしょう?」
「誰って・・・・・・やあひさしぶりだなあ」
彼の声の後ろで子どもたちのはしゃぐ声が聞こえる。
「元気そうだな」
「まあまあだよ」
「So soってことか?」
「Yes , So soさ」
「何か愉しいことはあったか?」
「愉しいことなんて何もないさ」
といって彼は楽しそうに笑った。
「もう二十八だぜ」
と僕はいった。
「ほんとうにねえ。まだ中学校の校庭でサッカーボールを追いかけてた頃と気持ちだけは同じなんだけどな」
「本当に?」
「嘘だよ」
といって彼は笑う。
「もう頭の上から足の指先まですっかりおじさんだよ」
「おじさんにはおじさんの楽しさがあるだろう」
「そうだな。また飲みにいこう。いいBARがある。ジャズも聴ける」
彼の後ろで彼を呼ぶ子どもたちの声がする。
「いいね」
「じゃあまた」
「ああ」

 僕は受話器を置いた。
受話器の向こうには確かに彼がいた。
けれどもそれは昔の彼ではなかった。
彼の予感が当たったのだと僕は思った。
「それはもう僕じゃなくてきっと別の人間なんだと思う」
と中学生の頃の彼は言った。

 僕の携帯電話がブルルと震えた。
僕は着信音が嫌いなので、携帯電話はいつでも震えるだけだ。
ディスプレイにクライアントの名前が浮かんでいた。
僕の頭の中でカチリというスイッチが切り替わる音が聞こえた。
それは仕事用の僕に変わる音だった。
幼なじみと何気ない話をしているときの僕と、
クライアントと仕事の話をしているときの僕。
その二人の僕は別の人間だ。
人間というのはいくつもの仮面を持っている。
たったひとつの仮面=つまり僕自身の顔で生きることができればいいのにと、
ときどき思うことがある。
その思いは雫となってコップの中に一滴一滴と溜まっていく。
コップの中の液体がいっぱいになって溢れ出す頃、
僕は別の場所へ行きたくなる。

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