映画ノヲト/『THE DARK KNIGHT』_心の中の闇。
『THE DARK KNIGHT』(ダークナイト)。
この映画はクリストファー・ノーラン監督の
『バットマン』の二つ目の物語です。
ぼくの友人のひとりは、ぼくがこの映画について語ろうとした時、
「アメコミは嫌いなので観る気がしない」
といいました。
今でもきっと同じように思っていることだと思います。
最初は、
「それならOK。アメコミが嫌いな人は観なくていい」
とぼくは思いました。
そしてそれ以上語ることをやめてしまいました。
でもそのあとで、
「アメコミは嫌いなので観る気がしない」
という言葉に、
ぼくはちょっとした違和感を感じました。
「クリストファー・ノーラン監督のバットマンはイイ映画だ」
とぼくは友人に話したのであって、
「アメリカン・コミックのバットマンはおもしろい」
と話したわけではなかったのです。
ぼく自身、アメリカン・コミックのバットマンのことは
ほとんど知らない人だったのだけど、
『バットマン』という映画を観て「イイ映画だ」と思ったのだから、
「アメコミは嫌いなので観る気がしない」
という意見は、
いったん頑固者が持っている鍵のついた箱の中にでも
しまっておいてもらって、
真っ白な気持ちでこの映画を観てほしいなーと思いました。
バットマンの物語は善と悪の物語です。
バットマンはゴッサム・シティという街で
善(=正義)を守るために戦います。
ゴッサム・シティには他の都市と同じように
マフィアに代表されるようなたくさんの悪人がいます。
彼らは自分の欲望を満たすために悪い事を行っています。
マフィアというものも一つの組織なので、
そこには必ず目的があります。
マフィアの目的はお金儲けをすることです。
お金儲けを目的とするのは、
一般的には企業の役割なのですが、
企業は合法的な手段によってお金儲けを行い、
マフィアは非合法的な手段によってお金儲けを行います。
お金儲けを行うことによって得ることができるのは、
経済的な面での豊かさです。
地位や名誉といった社会的なステータスによって、
人によっては精神的な豊かさも得ることができるかもしれません。
マフィアも企業も経済的または精神的な豊かさを求めて
活動している人々によって構成されています。
「バットマンはどうなんだろうか?」
という問題があります。
バットマンの正体は一人の大富豪であるので、
彼の場合は誰から見ても経済的には豊かな存在です。
でも彼は精神的な面では深い傷を負っており、
心の中に大きな闇を抱えています。
この心の中の大きな闇がバットマンがバットマンとして
生きてゆくことを方向づけます。
心の中の闇を作るきっかけとなったものは、
ひとつの犯罪です。
犯罪とは世の中にはびこっている悪によって
引き起こされたひとつの結果です。
バットマンは犯罪を引き起こす悪と戦うことによって
自分の心の中の闇と戦います。
この世の中から全ての悪人がいなくなれば、
自分の心の中の闇も消えて無くなるのだと
思っているかのようにも見えます。
悪というものは誰の心の中にもあります。
生まれたばかりの赤ん坊の心の中にも
きっと悪の種がスヤスヤ眠っているのだろうと思います。
善と悪というものは、それぞれに均衡を保つことによって、
この世界はうまく成立しているのかもしれません。
悪があることによって、
善が素晴らしいものに見えるという言い方もできます。
もしもこの世の中が善だけで成立していたとしたら、
バットマンという映画は単に非現実な世界として
描かれていたかもしれません。
でもそうはならず、
バットマンの世界はとても力強いリアリティを持っています。
善と悪の戦い。
バットマンの宿敵として描かれているジョーカーは
バットマンの心の中の闇の一つの具体的な形です。
バットマンと同じように、
とても興味深い人物であると思います。
誰の心の中にもバットマンとジョーカーが住んでいて
いつでも戦っています。
バットマンという物語は、
この誰の心の中でも日常的に行われている葛藤について
描かれている物語なのだとぼくは思いました。
善と悪とがいつでもバランスを保っているとすれば、
善と悪の戦いを描くことにどのような意味があるのだろうかと
不思議に思う人もいるかもしれません。
この『THE DARK KNIGHT』のように、
どんなに善と悪の物語を克明に描いても、
結局は悪がこの世からなくなるわけではないのだし、
何のために善と悪の物語を語る必要があるのだろうかと。
でも大昔におとぎ話が生まれた時代からずっと、
善と悪の物語は姿を変え形を変えて伝えられています。
ぼくたちはそんな物語を見たり聞いたりすることにより、
自分自身はどう生きるべきかを
考えることができるのです。
子どもの頃のような真っ白な気持ちで
『バットマン』の物語を観ることによって、
大昔、お気に入りの童話を読んだ時に心の中で見ていた風景を、
ぼくは思い出すことができました。
その風景を見てぼくは自分にとって大切な人に
同じ風景を見てほしいなあと、思いました。
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